Planet Journal 惑星日記 山崎美弥子|島の触感
「1000年後の未来の風景」を描き続けるアーティスト山崎美弥子がハワイの小さな離島から送るフォトエッセイ番外編。
彼⼥の声は泣いている。
「ママ、こわい。わたし、⽣まれてはじめてクルマを買ったの」
電話は、この夏から⾶⾏機を乗り継いだ島で暮らし始めた⻑⼥キラカイからだった。
「神の住処」と呼ばれる海辺で、七歳のバースデー・ピクニックをした思い出…。⼤⼈と呼ばれる年を迎えたばかりの彼⼥は、ドーム(学⽣寮)から⾬空⾊の古い町にあるカレッジに通っている。専攻はエスノボタニー(⺠族植物学)。「世界中の⽂化と伝統的な知恵を通じ、各地域に根ざした植物の使い⽅を知るスタディなの」そう得意気に語りながら…。
⽣まれ育ったこの島では、東の星の丘にある、オーガニック牧場でアルバイトをしていた。そうして貯めた資⾦で中古のクルマを買ったというのだ。ハイスクールのグラデュエーションを待つことなく、授業を抜け出し牧場で働くことが出来たのは、働くことによって卒業に必要な条件が満たせるように、学校に彼⼥みずから交渉済だったから。そんなふうに⼿に⼊れたお⾦で、たった今、クルマを買ったところだと電話の向こうの震えるような声が⾔う。ひとりで⾒知らぬクルマの売り主に会いに⾏き、⾃分の買い物が必要を満たしているかどうか、確かめたという。島から離れるために私財を⼿放そうとしていた売り主。「フライトに遅れそうだ」と、随分値下げしたそうだ。値を下げることで、買い⼿である彼⼥が、少しでも早く⽀払いを決断するのを助けるために。
それでも、⼗⼋歳がひとりで決断する買い物としては、ドキドキレベル超最⼤級。⼤冒険という以外の⾔葉は⾒つからない。幼い頃から、お墨付きのおてんばで、いつでも気丈な彼⼥でも、泣き出してママに電話するのも無理はない…。
「すごいね!」
そんなわたしの⾔葉を聞いて、少し安⼼したろうか。
彼⼥の牧場での仕事は、ぬくもりあるものが並べらえた店の番をしたり、オーガニック畑で野菜の苗を植えたり、時には⾺たちの世話を⼿伝ったりと、さまざまな作業のローテーション。だから飽きることは無かっただろう。どの作業もアイナ(⼤地)との繋がりを感じさせる。⼿にするもの、いつも使うもの、⾝体に着けるもの、それらが「素直になれた時の⾃分」にとって「ここちよいもの」であることの⼤切さも、牧場やこの島のあたりまえの⽇々から、彼⼥は培ってきたことだろう。
“ ⼿にするもの、いつも使うもの、⾝体に着けるもの ”
だから今、わたしたちの元を離れ、波の向こうの島で暮らしていたって⼼配はしない。良きものを⾒極める感覚を、彼⼥はしっかり持っているはずだから。クルマを決断することだって同様。⾃分にとっての答えを出すことを練習してきたはずだから…。
電話を切った後、彼⼥からおどけたメッセージが届いた。
「なあんてね。ほんとは泣いていないの!」
メッセージには、あかんべえの顔がくっついていた。
島の天国131番地からは、⽔平線に寄り添うバージ(貨物船)が⾒える。サップグリーンが枝葉から、こぼれる朝露みたいにまばゆく輝く。その時間の⼿触りは、サンセット⾊のバラの花で染められた、まるでやさしい肌着のよう。いつまでもわたしたちを包んでくれる。それは驚くほどに、島の守り神のようにしなやかに。
“サンセット⾊のバラの花で染められた、まるでやさしい肌着のよう”
Photos&Text:YAMAZAKI MIYAKO
Instagram:@miyakoyamazaki
※こちらのエッセイは、株式会社ワコールのために作成され、同サイトにて2024年9月30日まで掲出されていたものです。