Planet Journal 惑星日記 山崎美弥子|時染まる
「1000年後の未来の風景」を描き続けるアーティスト山崎美弥子がハワイの小さな離島から送るフォトエッセイ番外編。
“まっすぐな眼差しの⼩さな⼥の⼦”。ママに連れられ隣の島から、たった⼋⼈乗りのセスナ機に初めて乗って、天国131番地の丘の上にある我が家に訪れた。
この⽇は次⼥タマラカイが、率先してガーデンに向かった。かわいい⼥の⼦を喜ばせたいと思ったからなのか、はたまた格好良いところを⾒せたかったからなのか…。いつもだったら、溌刺とした⻑⼥キラカイが放つ光の⽊陰で、安⼼しきってのんびりと、ダークブラウンカラーの髪を、櫛で梳かしているような彼⼥だというのに。
キッチンから続いているラナイ(ベランダ)の階段を、裸⾜のまま踊るように駆け降りて、芝のグリーンをまるで滑るように⾵を吹かせたら、ものの数秒でガーデンチェアの後ろまで辿り着く。蝶々⾖(バタフライピー)と呼ばれる蔓科の植物に、ヴァイオレットに⾒間違えるようなコバルトブルーの花が咲いてる。呼び名の通りに蝶々の⽻のような花弁。楕円形のスイミングプールを⼀周するように蔓が巻きついて、蝶がふわふわと⾶んでいるみたいに花たちは咲き揺れ海⾵になびく。
“ オーガニックコットンのケープを纏ったフェアリーのようなその姿 ”
ハラハラすることやドキドキする時の体感を「蝶々がおなかの中にいる」と、たとえる英語表現があるけれど、想えば、島の⽇々のリアリティ(現実)の中で、蝶々の動きは、時空を超えたスロウモーションに⾒えることがある。オーガニックコットンのケープを纏ったフェアリーのようなその姿。どこまでもやさしくて、同時に神秘に満ちてる。夢の中の出来事みたいに…。
タマラカイは、そんな蝶々の⽻みたいな花のひとつひとつを⼤切に摘むと、⼿のひらいっぱいに包み込み、⾏きと同じスピードでキッチンに舞い戻った。⽔平線が⾒渡せる窓辺に並んだヴィンテージ・ティーポットのコレクション。その中から、彼⼥は迷うことなくガラス製のものを選ぶと、摘みたてのフレッシュな花たちを、そのポットの底へふんわりと投げ込んだ。おしゃべりもしないで、作ったような真⾯⽬顔で。ケトルで少量の湯を沸かしたら、ポットの中の花にそうっと注ぐ。湯気が⽴ち上る。瞬く間に、コバルトブルーに染められた⾃然そのものフラワーティーが出来上がった。⽬を⾒張っていた⼥の⼦と彼⼥のママ、予期せずに本物の魔法を⽬撃した時みたいに「わぁ…!」と、思わず歓声を上げていた。
“ 数え切れないブルーとブルーのグラデーションの海と空 ”
...それは、島の⼗⼆ヶ⽉を三回ほど遡った春の⽇のことだったと思う。今や⼗五歳になったタマラカイ。あの⽇の⾵はピーコックグリーン。蝶々⾖のフラワーティーを、素敵な客⼈⺟娘(ははこ)とエンジョイした後、東の海辺を⽬指してわたしたちはクルマを⾶ばした。ハンカチーフで包んだヴェジタリアン・サンドイッチをバスケットに⼊れて。⼿すきの和紙が滲み染まったように、数え切れないブルーとブルーのグラデーションの海と空。そっと愛おしむようにわたしたちを⾒つめていた。
Photos&Text:YAMAZAKI MIYAKO
Instagram:@miyakoyamazaki
※こちらのエッセイは、株式会社ワコールのために作成され、同サイトにて2024年9月30日まで掲出されていたものです。