Planet Journal 惑星日記 山崎美弥子|vol.14 裸足のステップ
「1000年後の未来の風景」を描き続けるアーティスト山崎美弥子がハワイの小さな離島から送るフォトエッセイ。

島の八月も終わる。天国 131 番地の丘に建つこの家では、過ぎ去った季節たちと変わることなく、この島を産み落とした母であるという女神が吹かせるその風が、今朝もわたしの髪を撫でては通り過ぎゆく。鳥たちのさえずりの中で。
この島の西側の山には、フラの発祥地であると伝えられる場所がある。フラとは島の言葉で舞のこと。そして、フラを学ぶことができる学校のことをハラウと呼ぶ。多くの場合、ハラウは、年齢や性別でクラスが分けられる。ケイキは子どもたち、ワヒネは女の人たち、カネは男の人たち。そして、クプナは、五十五歳以上の男女、というふうに。

わたしはかつて、ずいぶん長いこと踊っていた、それはそれは熱心な素人ダンサーであった。だけれど、熱心であることだけが取り柄で、努力してもさほど優れた踊り手にはなれなかった。オーディエンスを、こころから感動させる島のダンサーたちは憧れそのもので、そんな姿を目標に、二時間のレッスンを週に3回以上こなすこともあった。けれど、天国 131 番地で暮らし始めた頃、フラへの想いはフェイドアウトした。それは、わたしが欲しかったものは、頑張って努力することによって、手に入れらるものではないことに、気がついた頃だったのかもしれない。

光の矢のように年月は過ぎ去り、月の満ち欠けを少しさかのぼった初夏のことだった。島で生まれ育ったオラパ(ダンサー)であり、カヌー選手でもあるアンティ・アネットからメッセージが届くようになったのは…。メッセージを読むたび、彼女のグリーンがかった瞳にカカオ色の眩しい肌が思い出される。
「ヘイ、ミヤコ。ちょっとクラスに来なさいよ!」
そう、メッセージは五十五歳以上のダンサーだけがジョインできるクプナクラスへの招待であった。わたしが、年齢を迎えたことを聞きつけてのことだったのだろう。アンティは決して諦めることをせずに、繰り返し誘い続け、遂に折れたわたしは、ある日こう言った。
「オーケー、アンティ。」
クプナクラスに訪れてみると、島の街角や、そこここで顔馴染みのアンティとアンクルたちによる大袈裟なほどの歓迎に出迎えられた。アンティ・アネットはとりわけ大きく広げた両腕で、わたしを抱きしめ、自慢げに皆に言った。
「わたしが誘ったのよ!」
メンバー不足の穴埋めのために、誘われただけと割り切っているものの、ふと、わたしは思った。置き忘れてきた大切なものを、もう一度、探しはじめることができるかもしれない…と。それは、島の女神の導きのようさえ感じた。

アンティとアンクルたちは、わたしよりも一回り、二回りも上。このクラスではわたしは最年少になる。クムフラ(フラの指導者)が時に声を荒げ、できていない動きを指摘したとて、クムの声よりもっと響き渡るゲラゲラ声と、まるで宇宙の中心に、どっしりと構えているかのような堂々とした笑顔で、すべてをオーケーにしてしまう魔法。その痛快さとあたたかさに、気づくと、わたしの中の、知らぬ間に固まり始めていた大切なものが、じわじわと溶かされるのを感じていた。
窓の向こうの水平線のブルーが、夢みたいなピンク色に、それはやさしく、説得され始めていた時分のことだった。
山崎美弥子|Miyako Yamazaki
アーティスト。東京都生まれ。多摩美術大学絵画科卒業後、東京を拠点に国内外で作品を発表。2004年から太平洋で船上生活を始め、現在は人口わずか7000人のハワイの離島で1000年後の未来の風景をカンバスに描き続けている。著書に『モロカイ島の日々』(リトルモア)、『ゴールドはパープルを愛してる』(赤々舎)などがある。
Instagram:@miyakoyamazaki