Planet Journal 惑星日記 山崎美弥子|vol.20 可視化された祈り
「1000年後の未来の風景」を描き続けるアーティスト山崎美弥子がハワイの小さな離島から送るフォトエッセイ。

グレイの雲の分厚いヴェールに覆われた惑星の朝。プルシャンブルーを帯びた灰色の小雨が天から落ちる。青ざめたシャワーは、海辺に狭しと並べられた、色とりどりの応援テントの屋根に当たって音を立てている。フラが披露され、集った人々がメレ(歌)を歌いおわると、雨の神、ロノとともに、幕は上がる。冬の島々から、勝ち抜き集まったヴァア(アウトリガーカヌー)に乗り込んだ少年たちは、命まで捧げるかのように、全身全霊漕ぎ始める。その途端、観衆は張り裂けんばかりの声を、思いっきり波の上のヴァアへと投げつける。こころひとつ、その姿を見つめる島のオハナ(家族)の、すべての始まりであり、終わりでもあるかのような視線の群れ。

島々におけるヴァアのレースは、単なるスポーツではなく、魂が宿った深い歴史があるという。古代の島々では、ヴァアは唯一の交通手段であり、漁業や島から島への移動手段、物資の運搬にと、生活の多くの大切な場面で用いられていた。のちにアリイ(王族)が、ヴァアの漕ぎ手たちの力と技、そしてヴァアの性能を競い合うようになり、現代では世界的な競技へと成長したという。
「レッツゴー!レッツゴー!レッツゴー!レッツゴー!」
ひとりの少年の父親の、まるで溶岩みたいに熱の籠った、祈りのような叫び声の連続が響き渡る。それは波の上を滑るヴァアに届き、叫びのたびに見えない力で、船体は押し出され、より前進していることがこの目にも見てとれる。少年たちひとりひとりのこころに、ありったけの勇気がそそぎこまれ、より大きく強く開かれていくことさえ不思議なほどに伝わってくる。

そんな時、意識に浮上した言葉、それは「プレ・オ・オ」…この島にいにしえより伝わる、最も尊い言葉のひとつ。それは、「強い祈り」という意味のオレロ・ハワイ(ハワイ語)。かつて、近隣の島々の海を血で染め、島の民を皆殺しにした強靭な軍が、遂にこの島にも攻めいってこようとした時のこと。目には見えない力を自在に操ることに長けていたカフナたちが、島中から海岸線に結集し、こころを合わせ、その声を揃え、オリ(チャント)を唱え、武力を行使せずにして、敵を撤退させたと伝えられている。オリは、祈りそのもの。

レースは続いている。折り返し地点に設置されたフラッグ(旗)を、いかにスムーズにターンするか、多くの場合、そこでレースの勝敗が決定してしまう。競い合うヴァアたちが、フラッグに近づくに伴い、人々の歓声の音量と熱量は、最大化してゆく。限り無く、祈るような叫び声の吹き溜まりに抱かれているうち、少年たちもヴァアさえも、すっかり見えなくなってしまった。何故なら、世界で一番美しく、誇らしい、そんな奇跡を目撃した両目から、あふれ滲んだ涙で、すべて隠されてしまったから。可視化された祈り。一段と高まる歓声は鳴り止まない。その朝の、水平線が横たわるこの惑星の風景は、もはや、ひとつ色に染まっていた。海辺に居合わせたすべてのこころも、同じようにひとつ色に染まっていった。

山崎美弥子|Miyako Yamazaki
アーティスト。東京都生まれ。多摩美術大学絵画科卒業後、東京を拠点に国内外で作品を発表。2004年から太平洋で船上生活を始め、現在は人口わずか7000人のハワイの離島で1000年後の未来の風景をカンバスに描き続けている。著書に『モロカイ島の日々』(リトルモア)、『ゴールドはパープルを愛してる』(赤々舎)などがある。
Instagram:@miyakoyamazaki















