Planet Journal 惑星日記 山崎美弥子|vol.21 週末の幸福
「1000年後の未来の風景」を描き続けるアーティスト山崎美弥子がハワイの小さな離島から送るフォトエッセイ。

…趣きのあるヴィンテージのフレンチドア。島の海辺の家などで、よく見かけるタイプよりも幅が狭く、少しばかり縦長で、アールヌーボーをちょっと不器用に模したかのような木工飾りがついている。決して優雅なムードではなく、むしろガーデンジャンクな砕けたテイスト。だけれど白ペンキが、それは丁寧に塗られてる。そんなドアがはめられた小屋の、気取った三角屋根も同様、きれいに白く塗られている。小屋と言っても、1990年代までの都市角(まちかど)では、必ず見つけることが出来た電話ボックスの1.5倍ほどのサイズだから、その中に寝泊まりできるわけではなさそうだ。小屋は手入れの行き届いたブリリアントグリーンの草が生え揃った庭先で、道路の方に顔を向けて建っている。一体全体この小屋の正体は…?

王の名が付けられたハイウェイを右折して、常夏の島の、冬空にそびえる綿菓子みたいな入道雲に見下ろされながら、島の北に向かう坂道をクルマの窓を全開にして走り上る。ドライバーズシートサイドから侵入したセルリアンブルーは、少しも留まることなくパッセンジャーシートサイドから猛スピードで逃げ出すと、再び水平線の風景へと溶けていく。勢い良いセルリアンブルーで占領された四角い車内は、一気に若葉と潮の香りで満杯に。つまるところ、この惑星全体が、セルリアンブルーに征服されたということだろう。だって、それは形が無く、隅々まで行き渡るこの無限世界と一体なのだから。いや、無限世界には隅というものは存在しない。この惑星は、既にセルリアンブルーに染まってる。隅々までへの到達という体験を、限りも無く探し続けながら。

…入道雲がわたしたちの視界の後ろへと消えていった頃、あの白いフレンチドアの小屋のある庭が、見えて来た。ウィークデイズ(平日)のフレンチドアは、いつでもしっかり閉じている。でも、今日は土曜日。だからほら、ドアは開いている。開かれたドアの中には数段のシェルフがあり、所狭しとたくさんの種類の、それは美味しそうな焼き立て菓子が陳列されていた。それから収穫したばかりであろうマンゴウやパパイヤに加えて、小さな鉢で咲いた花々や、ミニチュアみたいなカクタスたちも、にこにこしながら並んでる。そう、謎の小屋の正体は、手作りの無人販売所だったのだ。解放されたフレンチドアの内側からは、なんとも、ほがらかで楽しげな温度が、あたたかく、いっぱいに溢れ出していた。レストランやカフェや、デリさえも、数軒ずつしか無いこの小さな島で、このところ、こんな無人販売所が人気になっている。一組、また一組と、親子連れや、カップルの島人たちが、次々現れ、思い思いに、欲しいものを手にしてゆく。シェルフの上には、それぞれの値段が示された張り紙があり、それに従い、設置された小箱へと支払いをして去っていく。島人たちのピュアな「信頼」によって成立する、ささやかなビジネス。わたしは、完熟バナナを練り込んであるパウンドケーキを購入することにした。

待ちきれず、クルマの中で、パウンドケーキを片手で掴んで、バナナ味をもぐもぐと頬張る。すると、カーラジオから、お気に入りのメレ(歌)が、幸福度をさらにアップさせる完璧なタイミングで流れ出す。島のウィークエンドは、先週も今週も、来週だって、ビーチ日和。わたしたちを見下ろしていたあの入道雲を、今度はこっちが追跡しながら、島の西の果てまで、歌いながらクルマを飛ばそう。そうして、あの、誰もいない砂浜に大の字で寝転ぼう。サンセットのサーモンピンクが、惑星のセルリアンブルーをすっかり塗り替えてしまうまで、ずっと。

Photos&Text:YAMAZAKI MIYAKO
PROFILE
山崎美弥子|Miyako Yamazaki
アーティスト。東京都生まれ。多摩美術大学絵画科卒業後、東京を拠点に国内外で作品を発表。2004年から太平洋で船上生活を始め、現在は人口わずか7000人のハワイの離島で1000年後の未来の風景をカンバスに描き続けている。著書に『モロカイ島の日々』(リトルモア)、『ゴールドはパープルを愛してる』(赤々舎)などがある。
Instagram:@miyakoyamazaki















