Planet Journal 惑星日記 山崎美弥子|vol.7 未だ見ぬ風景
「1000年後の未来の風景」を描き続けるアーティスト山崎美弥子がハワイの小さな離島から送るフォトエッセイ。

朝、目覚めた後のほんの束の間の、すべての記憶が消えてしまったような、あの不思議な時間。それは、誰もが知っている、でも掴みどころのない感覚。どこで何をしているのかわからない。今がいつなのかさえわからない。そんな時間の中のわたしたちの意識には、無限の可能性が満ちている。それは、無条件の世界。そこでは、すべての人が受容され、何者にもなれる。何でもできる。…それなのに、耳の鼓膜まで滑り込んでくるカーディナルのさえずりに脱力しながら、東向きの窓からの、早起き太陽が放り投げたライトイエローの光の直線を、ぼんやりと見つめているうち、思考というものを構成する頭の中の言語たちがしゃしゃり出始め…

「…あぁ、わたしはこの島で随分前から暮らしているんだったわ。今は、土曜日の朝、そうそう、マーケットに行かなくちゃ。ショッピングリストのてっぺんはなんだったかしら…」
そんなふうに、自分が昨日まで選択していた現実が浮上してくる。そして、辻褄を合わせようとするみたいに、その続きの現実を自ら演じ始める。概念とも呼ばれる人生におけるさまざまな条件を思い出し、そのひとつひとつに縛られている事実に安堵する。人間というかたちをまとうわたしたちって、なんて滑稽なのだろう。自由を追い求めてあがくのに、どれほど不自由であったかを、思い出して、ほっとするなんて。

今朝、夢から醒めた瞬間、未だ閉じたままの目の内側のスクリーンに、わたしたちの惑星のシルエットが浮かび上がった。それは、やさしいベイビィ・ピンクとクリーム色のグラデーションに溶け、とても柔らかいテクスチャーをしていることが、その雰囲気から見てとれた。もしもこの両手で包むことができるなら、きっと、ふわふわの羽毛みたいな触り心地をしているに違いない。そのシルエットは安心感に満ちていた。それは、愛しさが溢れるてくるような感覚。それがたとえ、光が生み出した幻であっても、こころの中には確実に存在している。この惑星が、今を生きるわたしたちみんなを抱擁するというのなら、それは、わたしたちそのものであると信じていい。少なくとも、その惑星がわたし自身であることを、わたしは、宣言することだろう。わたしという存在の芯から生まれた、何か途轍もなくやさしいものが、手足の指の隅々までも浸透して、そのここちのよさに、閉じ込められていた涙が、ふわっと溢れ出すような、慈愛に満ちた解放を感じるから。

この惑星を夜空から見下ろす月の満ち欠けは、あっという間に数十回も巡り終え、あの凍えるような季節がまた訪れていた。
「愛してる」と、惑星が言う。
だから、わたしたちはこたえる。「愛されることを愛してる」
惑星はきっと、つづけてこう言うだろう。「そうあるべきさ」

今、その大切な手を絶対に離さない。予期せぬ悲しみが、わたしたちにもたらす果てない涙と隠された祝福を、指と指の隙間からこぼし落としてしまったりなどしないように。そう、大切に、大切に。いつも水平線が見守っている。あの夏の日の、マジェンダ色の花が散る、シャワーツリーのオーチャードの深緑。それを超えた向こう側から。…それは懐かしき、未だ見ぬ風景そのものだった。
時の始まりに惑星は告げた。「だいじょうぶ」と。
重なり合う深緑が作ったこもれびが、輝きながら、揺らめいていた。

Photos&Text:YAMAZAKI MIYAKO
PROFILE
Instagram:@miyakoyamazaki