Planet Journal 惑星日記 山崎美弥子|vol.24 惑星の午後
「1000年後の未来の風景」を描き続けるアーティスト山崎美弥子がハワイの小さな離島から送るフォトエッセイ。
天国 131 番地の家にて。ダイニングテーブルの向こうの水平線に、シルエットが浮かぶ、隣の隣の島からやって来た、オーガニックコーヒーの豆を挽く。香ばしき時が心地よい。紙ではなく、金属のフィルターで。コーヒー色が、ふんわり膨らみ泡立つほど、ケトルに入った熱い湯を、それはゆっくりと注いで、格別な一杯をひとり楽しむ。金属のフィルターは、キッチンに三種類ほど常備しているけれど、どれも異なる味わいを生み出してくれる。なかでも、一番繊細なフィルターは、たったひとつのカップを、満杯にするのにさえも、随分な時間を要し、そうこうしているあいだに、コーヒーは少し冷め始めてしまう。でも、ぎりぎりポイントでいただくと、濃い、まるで甘さまで感じさせれくれるような、そのビターな焦茶が、喜びを増幅させてくれる。ささやかな期待が、裏切られることは、決してない。多くの場合、わたしはミルキーを好み、ベージュ色を、背高スプーンでかき混ぜてからいただくけれど、このフィルターで入れたコーヒーは、焦茶のままいただくのがベストであると、感じる午後も、時にある。

そんな午後には、三枚のスライディンググラスドアを大きく開け放ち、青や白や、水色や、やさしいゴールドたちを、パーラーに迎え入れる。パーラーというのは、リビングルームのことなのだが、島人が、パーラーという言葉を使う会話を聞くのが、何故かわたしは、好きであり、時々真似して、人知れず、少し楽しい気持ちになっている。数々の色たちと一緒になって、解放されたドアから、家の中まで滑り来るのは、小鳥のさえずり、かすかな風のハミング、はるかなる異国の地から、スーツケースに大事に仕舞って持ち帰った土産物の、貝のパーツ同士が、風に押されてぶつかりあう音。それらがすべて混ざりあい、音楽になる。からだの中で、血潮が巡り、手のひらで耳を包むと、わたしの中の海の音も聞こえてくる。
啜(すす)りかけのコーヒーを片手に、わたしはたいてい、庭に出てみる。空を見上げて、太陽が、どこにいるのか、位置を確かめる。そうして、大きなレインツリー(モンキーポッド)がつくるシャドーの地面に水撒きを始める。そんな時、多くの場合、家から、少なくとも数百メートルほど距離をとり、数十頭の鹿の群れが、こちらを、音も立てずにじっと見つめていたりする。茂みのはざまから彼らの姿が見え隠れする、そのうち鹿たちの列は、遠くへ消える。いつもわたしのそばにいる、二匹の愛犬は、鹿たちに向かって、けたたましく吠える。さも犬らしく振る舞っていることを、誇らしいと感じているかのように。

芝生の上のシャワーヘッドに、黄緑色のいきいきとした蔓が巻きついている。小人の白いトランペットみたいな、無数の花々をその蔓に、咲かせているのは舌切り草。それは天国からの便りのように香しい。香り高い花々で紡ぐレイは、島のお祝いごとに絶対に欠かせない、何より愛される贈り物。水撒きをしながら、ひとつひとつ花を見つめる。気がつくと、あの格別コーヒーが注がれたカップは、どこぞやに置き去りにされ、庭中を探し歩く結末となる。そんなトラブルを回避できない、それは至福な惑星の午後。
Photos&Text:YAMAZAKI MIYAKO
PROFILE
山崎美弥子|Miyako Yamazaki
アーティスト。東京都生まれ。多摩美術大学絵画科卒業後、東京を拠点に国内外で作品を発表。2004年から太平洋で船上生活を始め、現在は人口わずか7000人のハワイの離島で1000年後の未来の風景をカンバスに描き続けている。著書に『モロカイ島の日々』(リトルモア)、『ゴールドはパープルを愛してる』(赤々舎)などがある。
Instagram:@miyakoyamazaki




























