Planet Journal 惑星日記 山崎美弥子|vol.4 失なわれたダイアモンド
「1000年後の未来の風景」を描き続けるアーティスト山崎美弥子がハワイの小さな離島から送るフォトエッセイ。
海と空がコバルトブルーに塗りつぶされる…。そんな日の海辺で、何か小さなモノが不意に失われる事件は、予想以上によく起こる。それは、子どもたちによって宝物認定されたばかりの薄桃色の貝であったり、髪をまとめるために円形にかたどられたゴムや、銀色のクルマのキーであったりする。
時に事件がより悲劇的になることもある…。たとえ宝物認定された貝でも、それを手渡された大人が、誤って砂の吹き溜まりに落としてしまえば、まだ何も認定されていない無数の貝のパステル、砂色、白珊瑚たちの集合に融合し、この惑星で最も発見が困難なモノのひとつになってしまう。だから、手から貝を滑らせた大人は子どもたちに強く責められることを覚悟しなければならない。これは小さな悲劇かもしれない。
一方、円形ゴムは多くの場合、島人たちの髪に似せた夜色やコーヒー色をしているので、砂色の上に落ちたところで、その濃い色が際立ち、発見できる確率が高い。万が一、発見できずに終わっても、誰かのバスケットの底に偶然にも潜んでいた予備のゴムで代用することもできる。代用がなかったとて、潮でぐしゃぐしゃになった髪のまま、帰らなくてはならなくなるのを我慢するくらいは、たいした悲劇にはならない。
クルマのキーが失われた時に至っては、泣きたくなるほど困惑するものの、ほとんどの場合、浜に寝そべっている二、三人の大人たちを全員起き上がらせて、一斉にからだの下に敷いていたブランケットを空中で、数回、嵐の日の旗のようにバタバタさせれば、砂色の狭間でキーの銀色が光り、発見に至ると大方決まっているから悲劇ではない。
…そう、そんな事件は予想以上によく起きる。
水平線に見つめられながら、ふと思いを馳せる。とある残像にわたしは微笑む…。古代人たちは海から海へと旅をして、島へと再び還って来た。ホアラ、目覚めるという意味の名を持つ美しい人。かつて最初のカヌーが到来した島の最東端に位置する岸の家で彼女は育った。彼女に初めて会ったのは、町から10マイルほど離れたカマロの小さな集落で暮らすエフラニのガーデンに立ち寄った時だった。ホアラは同じ谷が故郷であるエフラニを訪ねて来ていた。海辺で小さなモノが失われる一連の事件の中でも、最も悲劇的なエピソードをわたしが耳にしたのは、その日、ホアラの口からだった。
それは…。時を遡り、島色を映す瞳を持った夫妻、ホアラのパパとママが、島人たちからウェディングを祝福されて間もない頃だったという。彼女のママは、愛する人から贈られたピカピカのダイアモンドがくっついたウェディングリングを薬指に、海辺で幸せな時を過ごしていた。その日失われたモノは、他でもないそのリングだった。太陽は水平線の後ろ側へ、夜が世界を覆う前に隠れてしまおうと急いでいるし、砂に消えたリングを捜索する緊張は、子どもに宝物認定された貝やクルマのキー、ましてや円形ゴムの時のそれとは、到底比べることなどできはしない。どきどき心臓は押しつぶされ、顔面は溶岩のように赤く染まり、頭のてっぺんは休火山が突如噴火するほど沸騰していたに違いない。そして、この事件を最大の悲劇とさせたのは、その日、最後までリングを見つけることができなかった事実…。
こうしてリングは失われたままとなった。でも、夫妻は苦しみ続けたりはしなかった。苦しみは手放され、それから15回目の12カ月が巡ったある日のこと。あの日に似たコバルトブルーの海辺で、ホアラのパパが見つけた小さなモノ…。それはなんと15年間失われていた、あのダイアモンドがくっついたウェディングリングだったのだ。リングを再び妻に贈ったホアラのパパ。その贈り物は、夫妻の娘の名のように、大切な愛が生まれた時のほのかな思いを、再び目覚めさせるものとなったことだろう。
この惑星で最も悲劇的な事件が、こうして奇跡へと生まれ変わった結末を語るホアラ。誇らしげに高揚した彼女の頬を染めたピンクの残像が、わたしの記憶の引き出しに収まった。今もその引き出しを開くたび、そう、わたしはその残像に微笑む。今や、トゥトゥ(おばあちゃん)になったホアラのママ。リングは今朝も美しい年輪が刻まれたその薬指に…。
しっとり。トランスペアレントな通り雨に濡れ、海辺のナウパカ色は揺らめきながら、ウェディングリングにくっついた、ダイアモンドみたいに光っていた。
Photos&Text:YAMAZAKI MIYAKO
Instagram:@miyakoyamazaki