Planet Journal 惑星日記 山崎美弥子|vol.17 アロハ
「1000年後の未来の風景」を描き続けるアーティスト山崎美弥子がハワイの小さな離島から送るフォトエッセイ。
いにしえの時よりこの島々で、もっとも知られている言葉のひとつ、それは「アロハ」だろう。島で暮らしている限り、もっとも多く、耳にする言葉だと思うし、島の住人たちが一番口にする言葉でもあるかもしれない。なぜなら、「アロハ」は、日常の中で、そう、会う時も去る時も、挨拶代わりに頻繁に交わされている言葉だから。そして、街に出れば、さまざまなネーミングの一部として看板に掲げられていたりもする。けれども、かつて、この言葉は、滅多に耳にする言葉ではなかったという。
…ハワイ文明の発祥地とも伝えられる、島の最東端に位置するハラヴァ渓谷。そこに今でも代々続く一族のクム(師)は、そんなふうに語ったことがある。…それは、何故?…「アロハ」とは?その問いに迷いなく、誰もが「愛」と答えることだろう。それはきっと、流行りのマガジンやハリウッドムービーに登場する、この言葉を見聞きしたことがあるはずだから。島の波打ち際を吹き抜ける風に、その髪をたなびかせたこともない、この惑星上の、遠い雪降る異国で暮らす誰かでさえ、その意味をおおよそ知っているのではないだろうか。でも、果たして、その本当の意味は…。
天国 131 番地の家のまわりには、島の在来種であるハウの木が幾つも植えてある。ハウの枝は、長身のフラダンサーの腕のようにしなやかで、それはすくすく真っ直ぐに育つ。とても扱いやすく、古代の暮らしにおいて、ヴァア(カヌー)造りの素材としても活用されていたそうだ。ハウの葉は、キュートなハートのかたちをしてる。芽吹いた時の葉は小さく、スパークリング・ソーダが注がれたようなワインレッドに染まってる。
そして、さらにモルガナイトのようなライトピンクに変身したかと思えば、徐々に、パンケーキバター(パンケーキの生地)の色になり、さらに優しくふわふわ軽いシフォンケーキみたいなイエローになる。イエローになっても葉脈だけは、ピンク色をとどめながら変わり続ける。ついには、ライム色の縞模様が生じ、その様は移り変わり、最後には全体がマラカイト色に塗りつぶされた大ぶりな葉へと成長する…。つまり、一本のハウの枝には、色とりどり、にぎやかな葉たちが大小整然と並び、いつでも笑いながら揺れているのだ。キッチンから庭への階段を一歩一歩、降りる時、その横に茂る、ハート型のハウの葉たちが視界に入る。その度にわたしは「愛」を思う。だって、それはハートで感じるものだから。

現代社会の中にもアロハ(愛)はあると、ハラヴァ渓谷のクム(師)は語った。でも、それは、ギブ&テイク(与えた代わりに何かを得る)のアロハだと。…しかし、かつての本当の、本当のアロハとは、ギブ&ギブ(与え、そしてさらに与える)だったという。それは、ただの「愛」じゃない。そう、無条件の愛。何故、「アロハ」という言葉を、滅多に耳にすることがない時代があったのか…、その秘密がここにある。それは、「アロハ」という言葉に込められた、真の意味が、あまりにも大切すぎるものだったので、大切で大切で、決して容易に、口に出したりすることができなかったからなのだと。いつか、その言葉の神聖さは、いとも簡単に侵食され、コマーシャライズされてしまったという。お金というものを信じ始めた、とあるひとつの現実の流れとともに。それ以来、この言葉は、そこかしこで垂れ流されるようになってしまったと…。そう語るクムの瞳は、深海の底のような悲しみ色に染まっていた。

…遥かなるいにしえの日に、真に生きた言葉に思いを馳せる。「アロハ」。なんと尊く、儚く、輝いた響きなのだろう。一枚のハウの葉が、はらりと島の地に落ちた。その時、わたしは見つめた。こころのスクリーンに映る、すべての人が無条件に受容される1000年後の未来の風景を。…地から視線をあげてみると、水平線の光が、どこまでも続いていた。遠く遠く。
山崎美弥子|Miyako Yamazaki
アーティスト。東京都生まれ。多摩美術大学絵画科卒業後、東京を拠点に国内外で作品を発表。2004年から太平洋で船上生活を始め、現在は人口わずか7000人のハワイの離島で1000年後の未来の風景をカンバスに描き続けている。著書に『モロカイ島の日々』(リトルモア)、『ゴールドはパープルを愛してる』(赤々舎)などがある。
Instagram:@miyakoyamazaki















