Planet Journal 惑星日記 山崎美弥子|vol.16 裸足のステップ− 3
「1000年後の未来の風景」を描き続けるアーティスト山崎美弥子がハワイの小さな離島から送るフォトエッセイ。
かすかに聞こえてくるハミングみたいにささやかに、でも、確実に訪れる常夏の島の秋の気配…。アンティ・アネットに誘われジョインした、フラのクプナクラス(五十五歳以上のダンサーのクラス)の、波の向こうで開かれる大会の日が近づいた。島のちっぽけなエアポートに乗り入れるのは、モクレレという八人乗りセスナ機だけ。当然、座席はすぐに一杯になる。ダンサーのひとり、アンティ・アネットの大の仲良しでもあるアンティ・ヘリーンが、旅支度を早く済ませないわたしの悪癖を知るはずも無いのに、早々にわたしの分も席を予約したという。同時に、グループ名が書かれたティシャツのおさがりまでもを、新参者のわたしに用意しておいてくれたのだ。
「余分にあるからあげるわ」
アンティ・ヘリーンから手渡されたティシャツからは、アメリカ製ランドリーソープのポップな香りがしていた。きっと、ピンクのラベルのプラスチックの容器に入って、スーパーのシェルフに沢山並んでる、あの人気の洗剤だ。そのあっけらかんと気取り無いやさしさに、胸の奥がじわりとあたたまるのを感じながら、できる限り丁寧に、わたしはお礼を伝えた。

大会への一行は、わたしたちダンサーとクム(師)、さまざまな役割を果たすサポーターたち、それからギタリストと歌い手たち。当然一機のセスナにはおさまらないから、複数便に分かれ向う。まるで大人の遠足。皆なんとなくはしゃいでる。ソロで競うために選ばれたダンサーであるアンティ・アネット、もちろん彼女も一緒だ。こうして、青々しい水平線にわたしたちは見送られ、滑走路を後にした。
会場となる街への到着は、木曜日の空が、墨色のベルベットをまとう時分に差し掛かっていた。四人づつ割り当てられたホテルルームは、誰かの恋の馴れ初めや、腹がちぎれるようなジョークで満杯。その晩のアンティ・アネットとアンティ・へリーンは、ハイスクールガールズみたいにベッドに一緒に腰掛けて、最大級スマイルと大音量の笑い声を絶やさなかった。ましてや、アンティ・アネット本人が、最愛の娘を失ったばかりであることなんて、誰にも思い出させることは、一瞬とて、ありはしなかった。
夜が明け、ソロダンサーが競う金曜日。島からの歌い手たちが、名曲「オハイアリイ」を奏でると、アンティ・アネットは、尊き花の記憶を甦らせる真っ赤なドレスでステージに。祈るよう見つめるわたしたち。誇り高き真のクイーンのような、アンティ・アネットの内なる光を、スポットライトが炙り出す。アンティ・アネットの身支度を、間際まで手伝ったアンティ・ヘリーンの啜り泣きが聞こえて来た。涙は、まばゆいアンティ・アネットの姿をかすませ、ドレスの赤と、照明のゴールドが、世界中の宝を何もかも集めたかのような荘厳なマーブルを、わたしの目の中に生み出した。涙のペタル(水たまり)ができるほどに皆泣いた。喝采は鳴り止まず、そう、アンティ・アネットは大会一位に輝いた。
その時、ひとすじの真珠のような流星が、天の国から見つめていた。その熱狂を射止めるように、愛する人を讃えるように、優しく優しく。
山崎美弥子|Miyako Yamazaki
アーティスト。東京都生まれ。多摩美術大学絵画科卒業後、東京を拠点に国内外で作品を発表。2004年から太平洋で船上生活を始め、現在は人口わずか7000人のハワイの離島で1000年後の未来の風景をカンバスに描き続けている。著書に『モロカイ島の日々』(リトルモア)、『ゴールドはパープルを愛してる』(赤々舎)などがある。
Instagram:@miyakoyamazaki