Planet Journal 惑星日記 山崎美弥子|vol.25 盗まれた涙
「1000年後の未来の風景」を描き続けるアーティスト山崎美弥子がハワイの小さな離島から送るフォトエッセイ。
慈悲深き女神ヒナの石造…、それは、この島の小さな街に鎮座する。ブルーイッシュ・グレイに光る岩を彫って造られた、この島を産み落とし、すべての母であると伝えらる守り神。

東西を横切るハイウェイと、Tの字に繋がる北へ伸びるハイウェイ。窓を開け放ち、風を追い越しながらクルマを走らせると、まもなく、視界のビリジアンの面積がぐんぐん広がり、やがてコーヒーファームがわたしたちを迎える。道先案内人にいざなわれ、たどり着いた地で、島人ふたりが、低い折りたたみ式ビーチ・チェアーに腰掛けていた。いや、二人が座っていたのは、ひっくり返しただけの、ただのバケツだったかもしれない。二人の肌の美しい褐色は、パウダーになった赤土が風に舞うと、カーネリアンのように赤みを増す。わたしを捕らえたのは、その色の中にうずくまった、深い海底の風景みたいな四つの瞳。その視線の持ち主たちが、アンクル・ジェシーと、アンティ・スヌーキーだった。今でも覚えている。一歩一歩、彼らに近づき、映画のシーンがクローズアップするように、地に根を生やした、彼らの落ち着き払った佇まいが、どんどん臨場感を持って迫ってきたことを。そう、それがわたしの、ふたりのとの出会いだった。十二ヶ月を、今からゆうに、二十五回は遡った頃のことだった。以来、彼らとともに過ごした時間は、かけがえのない記憶となって、わたしの中に住んでいる。

…存在そのものをもってして、愛を見せたアンクル・ジェシーが、やがてこの惑星を去った。真珠の名の海辺から、彼のアッシュ(遺灰)は、一面のプルメリアのレイたちとともに撒かれ、枯れて自分がわからなくなるほど泣いてから、常夏の冬は、あっという間に十回転した。目まぐるしい日々にかまけたわたしは、残されたアンティ・スヌーキーの電話番号から遠のいてしまった。…それでも、ふと、かければ、
「カム。(会いにおいで)」
そのひと言が、いつだってわたしの耳の中にすぐに飛び込んできた。…そう、あの日もそうだった。底なしの悲しみに暮れる旅人を、わたしはアンティ・スヌーキーのところへ連れ立った。大いなる抱擁のようにあたたかく、あっけらかんとした、彼女の高い笑い声に迎えられ、嘆きの巨石に潰されかけていた旅人のこころが、魔法のように軽くなるのを目撃した。
「なかなか逝かせてもらえないものだよ」
と、天を指差しながら、ウインクで自分を語るアンティ。高笑いしながら。
「また会いに来ます」
そう言う旅人に、彼女は返した。
「街に鎮座するヒナにも必ず挨拶に行くんだよ」

彼女から手渡されたパアカイ(海塩)をホオクプ(捧げ物)に、旅人は街のヒナの石造に会いに行くことにした。
…そう、そのたった二日後だった。アンティ・スヌーキーが、天に帰って逝ったと聞いたのは。彼女の笑い声がわたしの中でこだまする。街までクルマを走らせると、流星みたいに視界の隅をかすめる、女神ヒナの石碑が笑った。わたしは気づいた。ブルーイッシュ・グレイに光るその石造に、アンティ・スヌーキーのスピリットが宿ったことを。涙を盗んだ爽快な風が、水平線へと逃げていった。

Photos&Text:YAMAZAKI MIYAKO
PROFILE
山崎美弥子|Miyako Yamazaki
アーティスト。東京都生まれ。多摩美術大学絵画科卒業後、東京を拠点に国内外で作品を発表。2004年から太平洋で船上生活を始め、現在は人口わずか7000人のハワイの離島で1000年後の未来の風景をカンバスに描き続けている。著書に『モロカイ島の日々』(リトルモア)、『ゴールドはパープルを愛してる』(赤々舎)などがある。
Instagram:@miyakoyamazaki




























