Planet Journal 惑星日記 山崎美弥子|vol.27 生まれたばかりの旅ものがたり
「1000年後の未来の風景」を描き続けるアーティスト山崎美弥子がハワイの小さな離島から送るフォトエッセイ。

島は、夏にさよならを告げられた。そんなさよならの後も、本物の終わりはやっては来ない。常夏の島で、夏が本物の終わりを迎えることは決して出来ないことなのだから。
くたくたに馴染んだ、やわらかいブランケットの下で、わたしは目覚める。窓枠の内側は、まだ墨色に塗りつぶされたままで、それは、ダイアモンドの屑みたいな星たちが、音も無く、夜通しはしゃいだパーティーを、そろそろお開きにする時分だった。星たちは互いにウインクを投げ合い、次の夜が訪れるまでの、束の間の別れを惜しむ。
世界はゆったりと白み行き、遠い水平線のその上に雨が降っている。ブルーグレイのシルクのカーテンが連なるように、それは真に、グレイシャスなシャワーだった。波に落ちた雨は海と化し、そのうち海は潮風になり、潮風は雲をかたどり、ふたたびシャワーが、水平線の上に降りそそぐことだろう。

わたしは思う。この惑星に訪れる、その前の記憶は、わたしたちのほとんどが、忘れ去っている。だからこそ、この惑星で、日々繰り広げられる、それは美しき出来事や、それを引き立てるかのような悍ましい出来事さえも、ひとつひとつの現実が、まるで映画のようにドラマティックであり、限りなく、尊いものなのだと。
常夏の四季の移り変わりは、それはセンシティヴで、ゆるやかなグラデーションを描いている。わたしのカンバスにも、そのトーンは染み込んでいるのかもしれない。まっさらなカンバスの前に、絵筆を持って立つ無の感覚は、生成りのようにさりげない。何も特別じゃない。すべてのすべては、ひとつであるゆえの、巡りというものの一部だから。
種が地に遭い、芽が吹いて、葉をつけて、蕾ふくらむ。やがて花咲き、香らせて、散り、実り、落ちた実は朽ち、種を残し、種は再び地に出遭う。そう、わたしたちも、ちっぽけなひとつの種である。美しき奇跡の種である。

扉を開けると目前に現れる、雨上がりのガーデンは、しっとりとして、ビビッドなビリジアンに上塗りされた緑たちを、誇らしげに輝かせている。草上を、一歩一歩、裸足で歩くと、わたしたちが、この惑星という「いのち」に育まれていることを今、思い出す。そして、からだは、多幸感という輝きに満ちる。しばし、草や花や、蔓や枝たちの表情を、見つめながら歩いてみる…。人生の中で、自分のハミングのメロディが、思いがけなく自分の耳に届く事件は、きっとそんな瞬間に起こることに違いない。そのハミングは、聞こえないほどに、やさしくてささやかだけれど、小さな生き物たちには、ちゃんと届いている。そして、不思議なほどに、はるか彼方の、向こう側の島にまで、それどころか、宇宙(そら)の果てにまで、しっかりと届くものなのだ。

まあたらしい、生まれたばかりの旅ものがたりが始まる。もう始まっている。
Photos&Text:YAMAZAKI MIYAKO
PROFILE
山崎美弥子|Miyako Yamazaki
アーティスト。東京都生まれ。多摩美術大学絵画科卒業後、東京を拠点に国内外で作品を発表。2004年から太平洋で船上生活を始め、現在は人口わずか7000人のハワイの離島で1000年後の未来の風景をカンバスに描き続けている。著書に『モロカイ島の日々』(リトルモア)、『ゴールドはパープルを愛してる』(赤々舎)などがある。
Instagram:@miyakoyamazaki




























