Planet Journal 惑星日記 山崎美弥子|vol.13 マンゴウの夢
「1000年後の未来の風景」を描き続けるアーティスト山崎美弥子がハワイの小さな離島から送るフォトエッセイ。

マンゴウの味は、ピーチのそれに類似する。わたしが、島の向こうの、遠い大都市(まち)で暮らす少女だった頃、マンゴウを食べたことは一度だってありはしなかった。マンゴウの存在さえも知ることはなかった。マンゴウに近いと考えられる果実で、代わりに食べていたものはピーチだった。ピーチが甘くなるためには、一度は寒さをくぐり抜けなければならないそうだが、マンゴウは天国131番地のように雨の少ないところでも、暖かければよく実る。そして、一番はじめに芽吹く葉は、それはやわらかく、濡れているかのようにつややかで、フラミンゴのつばさみたいに魅惑的なピンク色をしている。

わたしは島で暮らすようになってから、こんなふうに、マンゴウのことをよく知るようになった。マンゴウには百という数を超える種があるらしい。味、食べた時の感触、色、かたちやサイズも多様である。かつて、島の小さな町に「ヘルシーフード」というサインを掲げた、草色の古い木の窓枠のついた店があった。店の壁には、マンゴウのバラエティの全貌がわかるカラフルなポスターが貼られていたものだ。わたしが一番好きなマンゴウは、ヘイデンという農園で、マルゴダというマンゴウから偶然に発生したという、その名もヘイデンと呼ばれる種。堂々とした大きめの卵型で、黄昏れが始まったばかりの時間帯の水平線色と、夏が生まれる直前に葉たちをなでながら駆け巡る風色との、ツートーンカラーで塗られている。もちろんそれは熟練した職人の手によって着彩されたわけではなく、神さまの絵筆によってもたらされた抜群の配色なのである。数えきれないマンゴウの種の中には、蒼青しいドレスを纏ったような姿をしているものさえある。でも、ナイフで蒼色を裂いてみると、ほとばしるようにオレンジ色が発光する。それはとてつもなくエキゾチックだから、ゴーギャンの憂いあるマンゴウへの深い視線に、わたしの心は共感する。

南の島々では、星になった人たちの魂へ、マンゴウが捧げられることがあるという。彼らがこの惑星から旅立つ時、その日々の記憶が決して失われることがないよう祈りを込めて。マンゴウの甘い香りは、愛する人と、再び会えることを信じさせてくれる。その思いは尽きはしない。

マンゴウがもっとも美味なタイミングは、じゅうぶんに熟し、枝から離れようとする間際だという。そうとは言っても、マンゴウがいつ枝から離れようとしているのかを見極めるのは容易ではない。いつでもそれは前触れも無く起こるから。あなたのベッドルームの窓辺に近いガーデンに、もしもマンゴウの木が立っていたなら、きっと星の隠れた夜の真ん中、マンゴウの突然の落下音で静寂から覚めたことがあるに違いない。
「どっすん」
それはさながら、無限に終わりを知らない一元の世界から、限りある幻の煌めきの諸々なる物と者とが始まった瞬間のように謎めいた響きであったことだろう。夜空に覆いかぶさるインディゴが溶け出し、ジューシーな果実を宇宙色に染めた、眠りの世界に帰りたくない、夜の夢のその中の夢。

山崎美弥子|Miyako Yamazaki
アーティスト。東京都生まれ。多摩美術大学絵画科卒業後、東京を拠点に国内外で作品を発表。2004年から太平洋で船上生活を始め、現在は人口わずか7000人のハワイの離島で1000年後の未来の風景をカンバスに描き続けている。著書に『モロカイ島の日々』(リトルモア)、『ゴールドはパープルを愛してる』(赤々舎)などがある。
Instagram:@miyakoyamazaki